東京高等裁判所 昭和25年(う)5129号 判決 1952年2月26日
控訴人 被告人 海東留之助
弁護人 松永東 名尾良孝
検察官 松村禎彦関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人松永東、同名尾良孝共同作成名義の控訴趣意書及び追加控訴趣意書のとおりでこれに対し次のとおり判断する。
控訴趣意書第二点
本件記録を調査するに、本件は昭和二四年六月二日差戻前の第一審たる台東簡易裁判所の有罪判決に対し、昭和二五年七月七日東京高等裁判所第一一刑事部が控訴審として、原判決を破棄し事件を原裁判所に差し戻す旨の判決を為し、それまでの本件に関する一件記録は原審たる台東簡易裁判所に送付されたものであるところ差戻後の第一審たる原審は起訴状だけによらず、右差戻判決までのすべての公判調書、証拠書類をこれに添附したままで、審理判決したことは所論のとおりである。
しかし、差戻後の第一審裁判所は所謂起訴状一本の状態にまで引き戻して審理を開始して判決しなければならないものでないことは、巳に刑事訴訟規則第二一七条の予定するところで且つ当裁判所の昭和二五年(う)第三、〇七〇号同年一一月一七日第一三刑事部判決の示すところである。即ち差戻後の第一審においては裁判所法第四条が規定するように、上級審の裁判における判断はその事件について下級審を拘束するのであるから、破棄差戻後の第一審裁判所は右判断を示す判決を訴訟記録及び証拠物について検討する必要があるからであるとしているのであるが、今にわかに、この判例をくつがえす要を見ない。
蓋し起訴状一本主義の精神は差戻後の審理においても、これを尊重すべきである。しかし他方訴訟の促進、訴訟経済の点も考慮しなければならない。それで差戻後においては裁判官に予断偏見を抱かせるおそれある資料が他の証拠の前に記録に編綴してあるときは問題であるが、そうでないとき、例えば自白調書が他の調書と共に記録に編綴してあつても、これを記録から取りはずす必要はない。裁判官はその判断に拘束される上訴裁判所の判決を閲読した後は記録の一頁から順を追つて閲読するのが普通であるから他の証拠が、自白調書の前に編綴してあるときは、これを閲読しないでその後に編綴してある自白調書を先ず閲読して、心証を形成し、事件に対し予断偏見を抱くおそれがない。本件においては自白調書のように最初にこれを閲読すれば裁判官に予断を抱かせる資料が他の証拠の後に編綴してあるから所論のように従前の証拠書類は取りはずして又証拠物も検察庁に送付し起訴状一本の状態にまで引き戻した上公判の審理を開始しなければならないものと解することはできない。従つて原審訴訟手続には何等法令違背の事実は認められない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)
控訴趣意
第二点原判決は法令違反あるにより破棄すべきである。
即ち本件は嚢に台東簡易裁判所に於て有罪の判決を受け控訴したる処破棄差戻しとなり再び台東簡易裁判所に於て審理されたのであるが新刑事訴訟法第三百一条の精神から云えば当然差戻しとして記録を原審に送付するには起訴状のみを送付し原審の証拠書類の如きは之を検察庁に送付せねばならぬと信ずる。何故ならば一括して裁判所に送付すれば当然裁判官は審理前総ての書類を見て事件につき予断を抱く虜あるは必然的である。
然るに原審が証拠書類等を一括した記録に基いて審理した事は刑事訴訟法第三百一条違反として破棄すべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)